広告するときの実務を紹介。
実務的には広告を真面目に扱います。
それに関連する人たちも、広告を大真面目に扱います。
しかし、世の中はそうではありません。
疎んじ、問題視し、無視し、そして面白がる。誰も真面目にみちゃいない。
それでも、広告というものが社会の制度に組み込まれ、成立しているのはどうしてか。
過去を知ることは、これからの大きな手掛かりになります。社会という巨視的な流れを知り、組織という小さな集団へ応用することは十分できると考えます。
広告の効果と影響で触れた「影響」について、問題だ・有害だとする見方以外に、「面白がる」という見方があります。さらには、ひとつの芸術文化として見る方向もあります。このように、広告物が社会に影響を与え、それに社会がどのような仕組みをもって対応したのか。こういった広告史観で、難波功士氏は次のように表現しています。
「マス・ソサエティの産物として、広告(をめぐる社会システムの)本格的な成立は語られるべきなのである」
難波(2010)『広告のクロノロジー』P.11、世界思想社
では、
どのようにして広告が成立していったのか。
1つは、広告への褒賞制度
2つめに、広告ジャーナリスト
3つめに、広告のコンテンツ化
2つめに、広告ジャーナリスト
3つめに、広告のコンテンツ化
この3点を抜粋して見てみます。