広告の「良し悪し」は、その広告がずっと現役であるか

雑記
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あけましておめでとうございます。

2019年をうらなう元旦のエントリーは「良い広告」の話。
広告効果と共に、今年のサブテーマとしてコンセプトの話をしていこうと思います。

とはいえ、お正月。私もぐうたらしたいです。
ためた録画を見て、風呂に入って、甘えたい。

なので簡単に。

広告の良し悪し、評価するのって何に基づけばいいのか。

先に書いた「広告の効果と影響」の定義に従うと、広告の送り手・受け手それぞれに定義権があります。送り手の場合は、企図する効果に対して評価することになります。

問題は、送り手と受け手が共に良いと評価できる広告はあるのか、ということ。

私自身の経験で物を言うなら、
その広告が現役でい続けられる状態」が、いい広告なのだと思っています。

数十年前に、飲酒運転が問題になったとき
「飲酒運転を抑止するポスターをつくってくれ」という仕事がありました。

予算などないので、自分で写真を撮ってきて、コピーを考え、
フォトショップとイラストレータで、さっと作ったポスター。
依頼主に渡して、はいおしまい、という感じでした。
沢山ある仕事の1つ、比較的カンタンな仕事、という印象でした。

けれど、数十年経った今も貼ってます。
古いのが貼りっぱなしではなく、新しいのを都度刷って貼ってるようです。

そのポスターに映っている人は、かなり年をくってしまいましたが、
ポスターの中にいるその人は、ピチピチしてます。

他のデザインを作り直す必要がないだけかもしれません。
けれど、貼る人も見る人も、満足して頂いているのだろう、と思っています。

結果として、ですが
長い年月経っても現役でいられる広告が、
時代を表す広告の性質に反して、
私は良い広告だと思っています。

 

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